トランプの英語はなぜネイティブにも嫌われるのか——政治家の言語戦略を言語学者が分析

I have the best words.
私は最高の言葉を持っている

これは、米国大統領ドナルド・トランプが実際に口にした発言。
しかし皮肉なことに、使われている単語はすべて1音節。語彙レベルは小学4年生相当 —— 複数の言語学者による分析が、そう結論づけています。

トランプの英語は、ネイティブスピーカーの間でも長年議論の的になってきました。文法的に崩れた文、支離滅裂な脱線、同じフレーズの果てしない繰り返し。言語学者たちは眉をひそめ、メディアは嘲笑し、それでも彼は選挙に勝ち続けています。なぜか。答えは「下手な英語」ではなく、計算された言語戦略にある可能性が高い——ただし「計算」か「素の語彙力の低さ」かに関しては言語学者の間でも決着がついていません。いずれにせよ結果として、他の候補者が届かなかった層に、誰よりも直接的に届いた英語だったことは確かです。

今回は、言語学の視点からトランプの話し方を解剖。政治的な評価ではなく、純粋に「伝わる英語の本質」を考えるヒントとして、「英語としてどう機能しているか」を検討しみましょう。

① 小学生レベルの語彙を使う

歴代のアメリカ大統領が演説でどのくらいのレベルの英語を使っているか、研究者たちが実際に測定したことがあります。リンカーン、レーガン、クリントン、ブッシュ、オバマ——みんな中学生以上のレベル。

では、トランプは何位だったでしょうか?

最下位です。

歴代大統領の最初の3万語を分析した結果、トランプは小学4年生レベルFlesch-Kincaid指標で断トツの最下位。オバマは高校1年生レベル。使う単語の種類もトランプが最も少なく、オバマの4,869語に対してトランプはわずか2,605語でした。

「それって頭が悪いってこと?」と思うかもしれません。でも言語学者の間でも、これが意図的な戦略なのか、それとも本当に語彙力の問題なのか、意見は割れています。

実際の発言を見てみよう

I will build a great wall — and nobody builds walls better than me, believe me — and I’ll build them very inexpensively.
素晴らしい壁を作る——壁を作るのは私が世界一上手い、信じてくれ —— しかも非常に安く作る

出典:2015年出馬表明演/CBS News

Great / nobody / believe me、全て1〜2音節の基礎語彙のみ。「信じてくれ」が証拠の代わりになっています。

I have the best words.
私は最高の言葉を持っている

出典:2015年サウスカロライナ集会演説/複数メディアが記録

語彙力を主張しているのに、使っている単語が全部1音節。皮肉なことに、この発言自体が語彙の貧しさを証明してしまっています。

I love the poorly educated.
私は教育水準の低い人たちが大好きだ

出典:2016年ネバダ州党員集会勝利演説/CBS News

知識層からは批判を受けた一方、支持層には「やっと自分たちのことを分かってくれる人が出てきた」と響きました。

② 同じ言葉を繰り返す

政治家がフレーズを繰り返すのは、よくあることです。でもトランプの場合、その頻度と露骨さがちょっと別次元です。

教養のある英語話者にとって、同じ言葉を何度も繰り返すのは「語彙力がない」または「聴衆を馬鹿にしている」と映ります。修辞学者エドワード・シアッパは、トランプの話し方を「成熟した言語とはほど遠い」とはっきり言っています。

しかし、これにも狙いがあります。根拠がない主張でも繰り返すことでメディアに何度も報道させ続け、聴衆に「こんなに言われるなら何かあるんじゃないか」と思わせる効果を生みます。

実際の発言を見てみよう

Did nothing wrong. Did nothing wrong.
何も悪いことをしていない。何も悪いことをしていない

出典:弾劾無罪後のホワイトハウス演説/White House公式
Remarks by President Trump to the Nation

証拠も論理もなく、ただ2回繰り返す。英語の文章では同じ表現の繰り返しは避けるのが基本です。

It’s worth the fight. It’s worth the fight.
戦う価値がある。戦う価値がある

出典:America First Healthcare Plan演説/White House公式
Remarks by President Trump on the America First Healthcare Plan

全く同じ文を即座に2回。英語ライティングの教科書的な「やってはいけない」例です。

Nobody has done this before. Nobody has seen this before.
これを誰もやったことがない。誰もこれを見たことがない

出典:同上White House公式記録

Nobodyを使った誇張の反復。CNNの分析では、トランプが「nobody knew」と言うとき、実際には多くの人が知っていたケースが繰り返し確認されています。

③ 最上級と誇張が止まらない

トランプの言葉に「普通」はありません。良いか悪いか、最高か最悪か —— いつも両極端です。

教養のある英語話者にとって、誇張を使いすぎると信頼性が下がります。「最高」と「最悪」しか言えない人の言葉は、やがて何も意味しなくなるからです。

イースタンミシガン大学の言語学者エリック・アクトンは、トランプがbiggesttougheststrongestなどの最上級を繰り返し使う傾向を指摘しています。Greatという単語への執着も顕著で、1時間の会話の中で何十回も登場することがあります。

実際の発言を見てみよう

We will make America great again.
アメリカを再び偉大にする

出典:2015年出馬表明演説(CBS News記録)/商標登録:2015年(USPTO記録)

実はこのフレーズ、トランプのオリジナルのセリフではありません。もともと1980年のレーガン大統領選挙キャンペーンのスローガンで、トランプは2012年に考案し、2015年に商標登録しました。

Greatという1音節の単語を繰り返すことで「偉大さ」のイメージだけを植え付ける。具体的な政策は何も語っていないのに、力強さだけは伝わる —— シンプルな言葉が持つ力の典型例です。さらにレーガン時代への郷愁を呼び起こすことで、「昔は良かった」という感情に直接訴えかけています。

MAGA movement
Make America Great Again — who said it first?

I will build a great, great wall on our southern border.
南部国境に素晴らしい、素晴らしい壁を作る

出典:2015年出馬表明演説/CBS News記録

Greatを2回重ねるだけ。Secure(安全な)reinforced(強化された)など、より正確な言葉を使えばいいと思うのですが、感情だけで押し通しています。

You had some very bad people in that group.
あのグループには、非常に質の悪い人たちがいた

2017年シャーロッツビル事件後の記者会見での発言です。白人至上主義者カウンタープロテスターの両方を指して言った言葉で、very fine people on both sides(両側にとても良い人たちがいた)と同じ会見での発言として世界中で批判を受けました。Very badveryを重ねるだけ。Dangerous(危険な)extremist(過激派)のなど状況を正確に表す語彙を使いません。

出典:2017年シャーロッツビル記者会見
Donald Trump’s ‘very fine people on both sides’ remarks

We’re going to win so much, you’re going to be so sick and tired of winning.
私たちはこんなに勝ちまくって、みんな勝つのに飽き飽きするほどだ

出典:2016年選挙演説/複数メディア記録

誇張の上に誇張を重ねる構造。具体性はゼロですが、聴衆に強烈なイメージだけは残ります。

④ 話が突然脱線する

大統領の公式発言で、核政策を話している途中に突然「私の叔父はMITの科学者だった」という話が始まる —— トランプの演説では珍しくありません。

ジョージタウン大学の言語学者ジェニファー・スクラファニは、トランプの普段の話し方を「台本なしの会話スタイルで、シンプル・具体的・直接的な語彙と構文」と分析。準備された演説とそれ以外では、まるで別人のように変わるそうです。スクラファニトランプの言語スタイルを2年にわたり研究し、Talking Donald Trump Routledge(2017年)を執筆。

実際の発言を見てみよう

Look, having nuclear — my uncle was a great professor and scientist and engineer, Dr. John Trump at MIT; good genes, very good genes, OK, very smart…
いいですか、核について言えば——私の叔父はMITの偉大な教授で、科学者でエンジニアでもあった。ジョン・トランプ博士です。良い遺伝子、本当に良い遺伝子、そう、非常に頭が良かった……

出典:2015年South Carolina集会演説/複数メディア記録

核政策の話が突然、叔父の自慢と遺伝子の話に脱線。「これが大統領候補の発言?」とネイティブが絶句した例として今も語り継がれています。

Nobody knew health care could be so complicated.
医療がこれほど複雑だとは誰も知らなかった

出典:2017年2月、保守派知事との会合後/CNN、TIME、The Hill記録

政策を語るはずが、自分の驚きの表明で終わっています。医療政策は1年以上議会で議論されてきた話なので、専門家から猛批判を受けました。

Not all of those people were neo-Nazis, believe me.
あの人たちが全員ネオナチだったわけではない、信じてくれ

出典:2017年シャーロッツビル記者会見/PolitiFact記録

白人至上主義者の集会参加者を擁護する文脈で出た言葉で、believe meを挟むことで、論点から感情的で証拠のない訴えにすり替えようとする典型的なパターンです。スクラファニはこれを「証拠の代わりとして機能する口癖」と分析しています。

⑤ なのになぜ支持される?——「嫌われながら勝つ」言語戦略

こんな英語でなぜ選挙に勝てるの?」と思った方も多いと思います。答えは、言語の「正しさ」より「機能」にあります。

メディアや知識層はトランプのスペルミスや文法の崩れをずっと嘲笑してきました。でもその嘲笑が逆効果だったと指摘する論者もいます。嘲笑するたびに「エリートvs.普通の人たち」という構図が強化され、トランプへの支持がむしろ増えいきました。

修辞学者の分析によれば、トランプの「崩れた英語」は無教養の表れではなく、支持基盤との同一化を図る意図的な修辞戦略だった可能性があります。ナイジェリア出身の言語学者・修辞学者ファルーク・クペロギはこれを「トランプ文法の新アメリカ英語化」と呼び、崩れた文法が支持層に「自分たちと同じ言葉を話す人間だ」という親近感を与えると分析。フランスの社会学者ピエール・ブルデューはこれを「上の立場の人間があえて下の立場に合わせた言動をとることで、好意や親近感を得る戦略」と呼びまし。あえて平易な言葉を使うことで、民衆との連帯を演出する手法です。

難しい言葉は聞く人を選びます。簡単な言葉は誰にでも届く——「正しい英語」と「伝わる英語」は、実は別の話なのです。

実際の発言を見てみよう

I am your voice.
私はあなたの声だ

出典:2016年共和党全国大会演説複数メディア記録

たった4語。嫌いな人には「中身がない」、支持する人には「やっと自分たちのことを分かってくれる人が出てきた」と響く。同じ言葉が全く逆の反応を生む典型例です。

You’re stronger, you’re smarter, you’ve got more going than anybody.
あなたたちの方が強い、頭もいい、誰より多くのものを持っている

出典:Read Trump’s Jan. 6 Speech, A Key Part Of Impeachment Trial

More going than anybodyは文法的には不正確ですが、支持層には「自分たちのことを分かってくれている」と真っすぐ届く言葉です。

The weak Republicans… you’ve got a lot of them. And you got a lot of great ones. But you got a lot of weak ones.
弱い共和党員たちがいる——そういう人たちがたくさんいる。もちろん素晴らしい人たちもたくさんいる。でも弱い人たちもたくさんいる

出典:同上

Weakgreatかの二択しかない。You gotという文法的に不正確な口語表現を繰り返しています。ネイティブには単調に聞こえますが、支持層には「はっきりしていて気持ちいい」と映ります。

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語彙が貧しい同じ言葉を繰り返す誇張が激しい話が脱線する —— 英語学習の観点からは、どれも「やってはいけない」の見本ばかりです。ネイティブだけでなく、世界中の英語話者から批判され続けている英語です。

でも不思議なことに、この英語は機能しました。

正しい英語」と「伝わる英語」は、実は別の話。反面教師として見ると、英語という言語のおもしろさが、また少し違った角度から見えてくるかもしれません。